つれづれ手帖

つれづれ手帖

アラフォー。純ジャパ。国際結婚。

やればできること、なければないで大丈夫なこと

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わたしはノマドワーカーで、今はそこまで仕事をしていないので、家事全般はわたしが一手に引き受けている。

しかし結婚するまでは、自分が家事ができるとはあまり思っていなかった。
一人で暮らしていたこともあるが、自分だけが食べる料理は適当だったし、掃除や洗濯もあまり好きではなくて、人としてやらんとあかんという気持ちだけでやっていたところがある。
彼氏がいた時代も同棲をしていたわけではないので、ずーっと毎日家事をやっていた、という経験がない。

そんな調子で生きてきたので、急に結婚するとなったとき、果たしてわたしは家事ができる人間なのだろうか?と自分で自分が不安になった。
いちばん不安だったのはごはん。
母ちゃんは「やったらできるわ、誰でも」と言っていたが、母はすごい人なのであまりその言葉は信用していなかったのである。

 

が、いざやってみると、自分でも不思議なのだが案外できた。
完璧ではないが、毎日やれている。
特に心配だったごはんにいたっては、やればやるほど楽しくなってきて、全然苦じゃない。
時間があるからというのもあるが、時間があってもなくても、自分がごはんを作るのが楽しいと思えるような人間だとは思っていなかったのだ。

母の友人が「わたしの娘はほんっと何にもできんのよ。わたしがやらせてこなかったのも悪いんやけど、嫁に行ってちゃんとできるんか心配やわ…」と言っていたが、時間の問題はさておき、やってできない人はいないと思う。
今なら母の言葉を借りて「やったらできるわ」と言うかもしれん。
もちろん得手不得手はあるだろうけど、要はやる気の問題だけなんじゃないかと…。


それに自分のためにやるのはなかなかできないけど、誰かのためだったら案外できるもの。
一人で食べるごはんは超テキトーだけど、夫がいると思ったらちゃんと作ろうと思える。
その証拠に夫のいない時の食事はテキトーも甚だしい。
夫がいるからなんとなくバランスの取れた食事ができている。
ある意味夫に感謝である。

 


テレビがどうでもよくなったこともわたしにしては新たな発見だ。
わたしは超絶テレビ大好き人間だったのだが、今の我が家にはテレビのアンテナがない。
今の家は夫が一人で暮らしていた一軒家(借家)で、わたしがそこに転がり込んでいる状態。
最初、テレビのアンテナがない家なんてあるんか!?と思ったが、どうやらあるらしい。
テレビのアンテナはないがデカいテレビはあるので、NetfilixやAmazonPrimeの類は見れる。Tverで日本のテレビもバンバン見れるがもちろん見れないテレビも出てくる。
が、見れないことがどうでもよくなった。
毎週楽しみにしていたテレビ見れないのは最初こそ寂しかったけど、人ってやっぱ慣れるもんやねんなー、と思う。

そういうわけで、常に見てもないのにテレビをダラダラつけっぱなしにする、という生活ではなくなった。
わたしがテレビっ子と知る友人や家族からは「あんたすごいな!」と言われるし、「わたしは絶対そんな生活無理」とも言われる。
わたしもそう思っていたけど、郷に入っては郷に従え。できるもんだよ、とわたしは思う。

 

やってできないことはないし、自分が思うよりも早く、体は慣れるものだ。
これがないと無理!とかわたしにはこんなのできない!と思っていたものも、それが案外自分の思い込みだってことはよくある話なのかもしれない。