つれづれ手帖

つれづれ手帖

アラフォー。純ジャパ。国際結婚。

趣味がちがうことは大した問題ではない

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知り合いのギリギリアラサーA子。
わたしが地元を離れてから音沙汰がなかったが、先日久々にLINEがきた。
元気なようで安心した一方で、その後に続いた言葉が気になった。

「見た目も仕事も話した感じもすごいいいねん。久しぶりにこんな感じいい人と出会ったー!って感じで。でもな、趣味がまったく合わんへんねん。服装も好みちゃうし…。ナシかなぁ」

 

いやいやいや、ありよりのあり!!てゆーかあり!!
ありにしとけ!!!

 

と食い気味で返信した。

 

 

男女の出会いにおいて「趣味が合わん」というのは永遠のテーマであろう。
好きな映画、好きな音楽、好きなファッションなどの好みの違いも同じ。
しかし、趣味や嗜好は例外を除いて、そこの一致はマジでどっちでもええからそれよりもフィーリングを大事にしろと声を大にして言いたい。

わたしは好きなことよりも、嫌いなことや許せないことが一致しない方が大問題だと思う。
自分がされて嫌なことや、自分が受け入れられないことが相手にとって好きなことであればそれは問題だ。
でも自分がただ興味がないだけなものが相手の好きなものである場合は、そこまで気にすることじゃない。
犯罪や社会的にどうかしているものは論外な。

 

わたしも若いときは「趣味が同じ人」を求めていたので気持ちはわかる。
好きなものを共有したかったし、好きなものを一緒に好きでいたいと思っていた。
しかし我々人間は歳をとるということを忘れてはならぬ。

思い返してみれば20代の頃はフジロックをはじめとする夏フェスに行きまくっていて、将来結婚して子供ができたら家族でフジロックへ行くという目標を人知れず掲げていた。
しかし今となっては夏フェスはおろかライブすらほとんど行かなくなってしまった。
10年前はそんな自分になるとは思いもしていなかったけど、時の流れと同じくして、人は大きく変わってゆくのだと心底実感。

その時々の環境、立場、状況で好きなものは変わる。もちろん変わらず好きなものもあるが、変わることは普通のことだということを、わたしたちは忘れがちだ。
それを踏まえて、その不確かで頼りない感情を、結婚相手を決める条件にしてもいいのか?ということなのだ。

そんな固定概念に囚われて「久しぶりにこんな感じいい人と出会ったー!」な人をナシにするのはあまりにももったいなさすぎる。

見渡してみれば、わたしの両親も弟夫婦も、わたしたち夫婦も好きなものはまるっきり違う。
それぞれ好きなことは友達と楽しんでいる。
もちろん夫婦で一緒に楽しむこともあるが、好きなものが違うことは実は大した問題ではないのだ。

その後A子は再び彼とデートをすると決めたらしい。
表面に見えているものの一致よりも、もっと深いところで共鳴する何かを見極めるべし!!