つれづれ手帖

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アラフォー。純ジャパ。国際結婚。

ほっとけないと言われたい女子

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東京ラブストーリーを初めてみた小学生のわたしが、当時「大人って意味わからん!」と思っていたことをふと思い出した。
小学生のわたしには、リカがカンチからあえて距離をとった意味がわからなかったし、それでもカンチがリカを追いかけてハッピーエンドになるものだと信じていた。
なのに!カンチはさとみを選んだ。幼きわたしは、カンチに心底ガッカリしたものである。幼心ながらにリカの方が女として人として深みがあると判断したようだ。

その時以来、「さとみ系女子」ってなーんか嫌だな〜という気持ちがあったのだが、大人になった今、さとみの何がわたしに不快感を与えるのか、ここで活字化してみたい。


さとみって、男がほっとけない系女子男に行かないでって言える女子やねん。こういう女の子を女子は嫌う。どんな女子が嫌うかと言うと、心の中では実はほっとけないと思わせたい(でもそれは認めないし認めたくない)のに思わせるせることができない女子で、なおかつ心の中では実は男に行かないでって言いたい(それは認めないし認めたくない)のに言えない女子なんじゃないかしら。わたしがそうやったから分かるねん。

なんてこんなことを考えていたら、11月19日に放送された「G線上のあなたと私」の中で、グサグサ刺さる言葉が出てきた。
それは主人公の也映子が、彼女のバイオリンの先生で、誰からも愛される(と也映子には見える)眞於に言った言葉である。
具体的なあらすじは端折るが、二人は同い年、同じ星座、血液型が同じで、なおかつ婚約破棄されたことも同じ。しかしキャラクターはまったく違う。
誕生日と言えばいろんな人からおめでとうと言われる眞於。也映子が気になっている大学生の理人から誕生日おめでとうというメールをもらえるのも、眞於。
そんな眞於に也映子はこう言う。

「眞於先生には私、クラスの最上位女子の匂いを感じています。何なんですかね?何が違うんですかね?っていうか、この違いって、社会人になっても、多分もっと歳を取っても変わらないんでしょうね。
眞於先生は一生周りの人からほっとけないって言われる人種です。

いいですよね。ほっとけないって。めちゃくちゃ言われたいワードですよね。それって愛じゃないですか。完全に。眞於先生は理人くんからもお兄さんからも愛されてる。もっとこう、根源的なところで。
一方わたしはすごく普通で。かと言って一人でも大丈夫そうってほどキャラも濃くない。なのにひどいことをさらっと言われる人種です。でも婚約破棄からは案外早く立ち直っちゃう。だから周りもさほど心配しない。
でも、誰からも気にしてもらえないって、キツイです。」

 

これを聞いたとき、そうそうそう!!めっちゃ分かるわーー!!也映子ー!!ってなったわたし。しかしその直後、脳天ぶち抜かれる出来事が。それは眞於先生のこのセリフ。

 

だったら、そう言えばいいじゃないですか。気にしてもらいたいのなら、待ってるだけじゃなくて、誰かのスペシャルになる努力をしなきゃダメじゃないですか?
自分からは何もアピールしないのに、これでも弱ってる、察してくれって、その方がワガママな気がしますけど
年齢も血液型も星座も同じですけど、ホント私たち全然違いますね」

 

ぐはーっ!すっごい正論!!!

なんか、なんかなんか!!気持ちでは也映子のこと、すっごい理解できるから反論してきた眞於めっちゃムカつくけど、マジでそれや。それやな。それやったわ。
ほっとけないって思われたいなら、そう言えばいいし、行かないでほしいなら行かないでって言うべきやねん。素直にそれを言動に出すことをなぜか毛嫌いして、そう言う女子を毛嫌いしてしまうのよ…。
この現象は一体なんやろう?

そしてこの展開で主人公に反論して正論ぶつけてギャフンと言わす展開もなかなか斬新。世の中の女子はどっちにより深く共感するのだろうか。
わたしは也映子の気持ちが痛いほどわかり過ぎて辛いし、眞於の意見も正論すぎてなんか歯痒い。どっちにしてもなんか…胸が痛いぜ。

 

でも言わなきゃわからんっていうのは絶対的にそう。友達でも恋人でも、家族ですら根本的な部分や考えていることは分からない。互いを思ってたら言わなくても分かるって言うけど、10割正解ってことは、常ではないんだよなー。

さとみのことも、今ならちょっと違って見えるかもしれんな(でも好きにはなれん)。