つれづれ手帖

アラフォー。純ジャパ。国際結婚。

「誰と結婚しても同じ」の意味を考えてみた

f:id:kumahat:20191210212759j:plain

誰と結婚しても同じだから早く結婚しろ」と言われたことがある。この台詞はよく聞くフレーズなので言われた人も多いだろう。結婚した今、この言葉についてわたしなりに考えてみたい。

20代から30代前半の頃、あまり結婚のことについて深く考えてこなかったわたしは、35歳を過ぎてあれ?なんかわたし、ヤバない?と思うようになった。そんなときに既婚の友人から冒頭の言葉を言われたのである。年齢と比例するようにきっちり理想だけ膨れ上がる一方で、誰かを許容する柔軟さはそれと反比例して下降していたので、彼女の言っていることを頭で理解はできても、心底うなづくことはできなかったのである。

誰と結婚しても同じって、ほんとなんだろうか?

もちろん「自分が好きだと思えるならば」(ときめきとかそういうのではなくて)という枕詞が付くことは言わずもがなであるが、結局のところ、やはり結婚は誰としても自分次第である、ということは分かった。

結局どんなに好きでも生活が始まれば何かしら目につくところが出てくる。いくら好きでも、それとこれとは話が別である。元々他人で、全然違うコミュニティで生きてきた人が、紙切れ一枚で家族になるんだもの。そりゃいろんな価値観の相違やびっくりするようなことが起きるわな。

 

例えばわたしの場合、

・夫はバスタオルを毎日洗わない人で、わたしは絶対毎日洗いたい人。
・夫はどんな料理でもマヨネーズをかける人で、わたしはあんまりマヨネーズが好きじゃない人。
・夫は爆音でテレビや映画を見たい人で、わたしは小さめの音が好きな人。
という、真逆のことがいくつもあったり、服を脱ぎっぱなしにする、靴下を丸めたまま洗濯機に入れる、重ね着した服を重ねたまま脱いで洗濯機に入れる、車に荷物を入れっぱなしにする、靴を揃えない、それに加えて、音楽の好みは合わへんし、好きな服も違う、映画の趣味も違う……あれ、めっちゃある!!笑

ちょっともうお前な!!!っていうこと、めっちゃあるねん。ざっと書き出したら止まらへんようになってびっくりしたけど、こんなふうに誰にでもあるんちゃうかな。
逆に夫は、わたしがすぐ電気を消し忘れることや、石油ストーブを使っているときに喚起をし忘れること、部屋のドアを完全に閉めないこと、窓を閉め忘れることなんかを、オイコラ!!って怒る。

でも、こんな小さな不満で嫌いになったりしないし、これが生活において耐えがたい苦痛になっているかと言われると別にそうじゃない。それに人として尊敬できるところはたくさんある。

だからつまり「誰と結婚しても同じ」っていうのは、諦めみたいな投げやりな言葉ではなくて、もっと広い心を持って人を見なさいってことなんとちゃうかな。

世の中完璧な人なんていないから、きっと誰と結婚したとしても不満は出てくる。こっちがピーピー言うてたら向こうもギャーギャー言うだろうし、こっちが笑ってたら向こうも寛容になってくれるかもしれない。

小さな不満は誰といても絶対にあるから、妙なこだわりは捨てて、生理的に無理でなければ、その人のいいところや好きになれそうなところだけを見ればいいんだな。
それが誰と結婚しても同じ、という言葉に結びつくのではなかろうか。

 

って、自分なりに導き出してみた。
皆さんはどう思いますか??